大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1376号 判決

控訴人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、「刑事が被控訴人方に来て座敷に上つたこと」(原判決事実摘示中請求原因(四)冐頭の事実)は認めると述べた外原判決事実摘示の記載と同一であるから、こゝにこれを引用する。(但し、請求原因(一)中午後十一時三十分頃とあるのは、午前十一時三十分頃の誤記と認める。)

<立証省略>

三、理  由

昭和二十四年二月五日午前十時三十分頃から午前十一時三十分頃迄の間被控訴人の住居(埼玉県児玉郡旭村大字都島八百七十二番地)の東道路をへだてた隣家塩原喜助方で、衣類二十点が窃取された事件につき、控訴人国の公務員である国家地方警察埼玉県本庄地区警察署員が、被控訴人の長男昇を取調べたことは、当事者間に争のないところである。

しかして被控訴人は、右警察署員が右犯罪捜査の職務を行うにあたつて、被控訴人主張のような不法な行為を行つて、違法に被控訴人から金三千円、及び畳表一枚(価格金二百九十五円)を取上げて同額の損害を蒙らしめ、また被控訴人の亡長男昇に対して肉体的精神的苦痛を加え、これにより原審で認容された同人に対する慰藉料額金五万円相当の損害を与え、被控訴人は相続によりその権利を承継したから、右合計額の損害賠償を求めると主張するので、以下順次判断をすすめる。

被控訴人が、右昇に対する右警察署員の違法行為として主張する事実の第一は、右警察署刑事係巡査が昭和二十四年二月十二日午前十一時三十分頃脊髄カリエスで臥床中の被控訴人の長男昇(当時十八歳)に旭村巡査駐在所まで同行を求め、昇が「歩けないから行かれない」と拒否したところ、同署員は自転車に乗せて行くから来いと言つて、昇を右駐在所まで同行したということであり、被控訴人の右主張事実中、昇が当時十八歳で、脊髄カリエスにかかつていたこと、本圧地区警察署刑事係巡査が昇に右駐在所まで出頭を求めたこと、昇が右巡査の自転車の荷台に乗つて駐在所に出頭したことは控訴人の認めるところである。およそ司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者が拒まない限りその出頭を求め、これを取調べることができるのであるから、本件の場合右刑事係巡査の行為が違法であつたか否かを決めるためには、まず昇の出頭を求める必要があつたか、その必要があつたとしても、昇が出頭を拒まなかつたか否かを調べなければならない。まず昇の出頭を求める必要があつたかについて、証拠によつて調べるに、原本の存在及びその成立について争のない乙第二号証、並びに原審及び当審証人五百部四郎、古沢マツ、安藤琴治の各証言を綜合すれば、被控訴人居宅の隣家にあたる塩原喜助方同居人古沢マツ(塩原喜助の娘)は、昭和二十四年二月五日午後一時三十分頃本庄地区警察署旭村駐在所勤務巡査五百部四郎に対し、同日午前十時十五分頃から正午頃迄の間に右塩原喜助方全戸不在中、同家奥座敷箪笥内から男物衣類十二点が窃取されたと届出て、かつ五百部巡査に対し右盗難の前後における被控訴人及びその長男昇の挙動に不審の点があること、昇はこれ迄も腕時計や「チヨツキ」を盗んだという風評のあることを告げたため、五百部巡査は右盗難事件の犯人は昇であろうと考え、これを本庄地区警察署刑事係巡査安藤琴治に告げたこと、安藤巡査は、同月八日自ら現場の調査をした上、五百部巡査から報告を受け、右盗難の発生した頃現場附近には、行商人、行者、乞食等が立廻つた形跡がなく、かつ昇に関する不審な点を聞いたため、昇に右駐在所に出頭を求めて被疑者として取調べようと決意したことを認めることができる。原審証人五百部四郎の証言によれば、同巡査は盗難届出直後の現場見分の結果、被害者喜助方から裏道に出る出入口附近の垣根の内外に先の方に鋲が二つばかり打つてある靴の跡を二箇所発見していることが認められるのであるから、安藤巡査がこれらの点について捜査しないで風評を過信し直ちに昇を駐在所に出頭せしめようとしたことは、必しも適当の処置とは言い得ない点があるけれども、犯罪捜査にあたつて被疑者を出頭せしめる必要があるかどうかの決定は、強制力を伴わない限り、捜査の任にあたる司法警察官の判断に委ねられているものと解すべきであるから、前段認定の事情の下において、昇を駐在所に出頭せしめようとした安藤巡査の処置は違法であるということはできない。次に安藤巡査が昇に対し駐在所まで出頭することを求めたとき、昇が拒んだか否かの点について、証拠を調べるに、前段認定の事実と当審証人杉村沖次郎の証言、同証言により真正に成立したと認める甲第六号証とを綜合すれば、昇は、安藤巡査から駐在所に出頭することを求められた時、同巡査に対し病気で歩けないから行けないと言つたところ、同巡査は被控訴人方の台所に立つて、ここまで位来られるであろう、自転車に乗せて行くから来いと言つたため、昇はやむなく駐在所に出頭することを承諾した事実を認めることができる。原審及び当審証人安藤琴治の証言によれば、安藤巡査はその際昇がかねて脊髄カリエスにかかつていたことを知つていたこと、当日も昇の顔色の青白いことに気がついていたが、同巡査が昇の出頭を求めたとき、昇は布団をかけた炬燵にあたつて起きて居り、蒲団の周囲には薬など病人の必要なものがおいてなかつたので、駐在所まで出頭することを求めたこと、当時雨が降つていたので、昇に右手で傘をささせ、左手で安藤巡査の肩につかまらせ、自転車の荷台にまたがらせて自転車を走らせ、雨の中を旭村駐在所まで同行したことを認めることができる。以上の認定事実によつて考えるに、安藤巡査が、昇が脊髄カリエスにかかつていることを知り、寒気なおきびしい二月中旬に、降雨中自転車の荷台に昇を乗せて駐在所まで同行したことは、昇が当時満十七歳一箇月に過ぎなかつたこと(昇が数え年十八歳であつたことは、当事者間争なく、満才については、原本の存在とその成立に争のない乙第三号証によつて認められる。)と合わせ考えると、安藤巡査の右処置は、昇の承諾を得た同行であつて、形式的には違法な点はないけれども、刑事事件につき公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障との双方を全うしつつ、事案の真相を明かにすることを目的とする現行刑事訴訟法(本法は本件事件発生の前、一箇月余の昭和二十四年一月一日から施行された。)の精神に反する不当なる処置であるということができよう、しかしこれを以つて直ちに違法なる公権力の行使となすことはできない。

次に被控訴人が昇に対する右警察署員の違法行為として主張する事実の第二は、右警察署刑事係巡査は、前記の日午前十一時三十分頃から午時六時頃迄旭村巡査駐在所において、昇を椅子に腰かけさしたまま取調べ、自白を強要し、昇が窃盗事実を否認すると、昇の背部を殴打したということであり、被控訴人の右主張事実中、控訴人の認めるところは、安藤巡査及び蓮巡査が駐在所事務室で、昇出頭後午後四時頃迄、昇を椅子に腰かけさして取調べたことだけで、自白の強要及び暴行の事実は控訴人の否認するところである。よつて証拠について調べるに、(一)前掲甲第六号証及び当審証人杉村沖治郎の証言を綜合すれば、昇は、昭和二十四年三月四日弁護士杉村沖治郎に対し、「刑事からここぎりの話にしてやるから早く自白しろと言われたけれども、私は何も言わずに黙つて返事をしないでいると、刑事が立つてきて背中を五つ六つ手で殴つた、私は殴られなくも寝ていたのを連れて来られて腰をかけているのが苦しいのに、背中を打たれて腰が痛くて前にのめつてしまつたのです。すると駐在巡査があんまりひどくしない方がよいと言いながら私を抱き起し、早く自白すれば痛い思いも寒い思いもしないですむのだ。」と述べたことが認められること、(二)原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が昭和二十四年二月十二日午後駐在所に行き戸外で待つていると、昇が小便に出て来て被控訴人に背中を打たれた様な恰好をして知らせたこと、同日被控訴人及び弟進らに対し刑事巡査から痛いところを殴られたと告げたことが認められること、(三)原審及び当審証人五百部四郎の証言によれば、昇が安藤巡査から取調を受けた翌日(同月十三日)午後八時頃、昇と被控訴人とは連立つて旭村駐在所に至り、五百部巡査に対し、昇は刑事に打たれて盗らないものを盗つたように無理に白状させられたのだから、もう一度聞いてくれと申出たことが認められること、(四)当審における証人五百部四郎の証言によれば、五百部巡査は、安藤巡査の昇に対する取調のとき、時々は席を外したけれども、大体様子を聞いていたが、その際安藤巡査は昇を犯人と考え、自白するよう説得し、時々「お前やつたんだらう」と言つたが、昇は黙つていたところ、一時間半ばかり経つて自白したことが認められること、(五)原本の存在及びその成立に争のない乙第三号証、並びに原審証人渡辺輝吉の証言を綜合すれば、本庄地区警察署刑事係巡査蓮憲が作成した昇に対する第一回供述調書と題する書面(乙第三号証)には、昇の供述として、塩原喜助方から窃取した衣類を売つた代金中から二月十一日に本庄郵便局から保険の集金に来た人に金八百円を払込んだと記載してあるけれども、二月十一日頃本庄郵便局員渡辺輝吉が被控訴人方を訪れたとき、被控訴人又は昇から金八百円を受取つたことはなく、却つて被控訴人に還付する金四百二十円を引当てに新規に簡易生命保険に加入するよう勧誘に行き、昇の弟栄之を加えさせ、還付金中金二百十円をその払込金にあて、残金は後に被控訴人に支払つた事実があり、昇の右供述調書の右金員の使途に関する部分には明かな誤りがあつて、右供述調書に記載せられた昇の供述には措信できない部分があると認められること、而して以上(一)ないし(五)の認定事実を綜合するときは、安藤巡査は前段認定のように昇を駐在所に同行した後、昇に対して前記窃盗事件に関する自白を強要し、昇がたやすく自白しないと見るや、同人が脊髄カリエスにかゝつていることを知りながら、手を以つて同人の背中を数回殴打し、もつて昇をして前記窃盗行為をなした旨の自白をなさしめたことを認定することができる。原審及び当審における証人五百部四郎、安藤琴治、蓮憲の各証言中右認定に反する部分は信用しない。右認定の安藤巡査の行為が公権力の行使に当る国の公務員がその職務を行うについてなした違法な行為であることは言うまでもないことで、それによつて昇が精神上肉体上多大の苦痛を受けたことは明かであるから、控訴人国は昇の受けた精神上肉体上の苦痛に対する損害賠償として、その慰藉料を支払う義務がある。しかして慰藉料の額は原審認定の諸般の事情を考慮し、金五万円を相当と認める。しかして昇が昭和二十四年五月十二日死亡し、被控訴人が相続人となり、昇の財産に属した一切の権利義務を承継したことは、控訴人の明かに争わないところであるから、控訴人は被控訴人に対し金五万円を支払うべき義務がある。

次に被控訴人が、被控訴人自身に対する右警察署員の違法行為として主張するところは、右警察署員は、昭和二十四年二月十二日右駐在所における取調終了後被控訴人方に至り、昇から被控訴人所有の現金三千円の交付を受け、被控訴人方にあつた畳表一枚(価格金二百九十五円)を取上げ、右現金及び畳表を本件窃盗の被害者方に同居する古沢覚蔵、同マツ夫婦に交付し、被控訴人に金三千円及び畳表一枚の価格に相当する金二百九十五円の損害を負わしめたという事実であり、控訴人は右事実を否認し、昇から古沢夫婦に直接に右現金及び畳表を交付したと主張しているので、この点に関する証拠を調べるに、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果、並びに前掲甲第六号証を綜合すれば、被控訴人主張の日時に安藤巡査及び蓮巡査の両名は被控訴人方に来て、昇に対し同人が塩原喜助方から窃取したものを売却して得た代金を提出すべきことを命じ、同人をして被控訴人方南側座敷押入に入れてあつた被控訴人所有の現金三千円を出させ、安藤巡査はこれを受取り、古沢覚蔵(塩原喜助の娘マツの夫)に交付し、一方蓮巡査は被控訴人方の土間の入口にあつた畳表一枚を取上げ、「これも盗んだ金で買つたろう」と言つて、古沢覚蔵に交付したことを認めることができる。この点に関し、原審及び当審における証人安藤琴治、蓮憲は相矛盾した内容の証言をなし、かつ原審と当審において証言を変更している。即ち証人安藤琴治は、原審においては、前記日時被控訴人方に行つても土間にずつといて、室には上らなかつた。現金三千円と畳表は被控訴人が自発的に直接古沢マツ(被害者塩原喜助の娘)に手交したのである、安藤巡査自身が被控訴人から現金を受取つて古沢覚蔵に渡したことはない旨証言し、当審においては、安藤巡査は前記日時被控訴人方に行つたとき座敷に上つた、原審で座敷に上らぬと証言したが、上つたのが本当である、蓮巡査が古沢マツ夫婦に現金三千円と畳表とを渡したと証言して、原審の証言を変更している。一方証人蓮憲は、原審においては、安藤巡査は座敷に上つた、しかし安藤巡査も蓮巡査自身も現金と畳表には手を触れないと証言しながら、当審においては、昇は現金を出して一旦安藤巡査に渡した、昇から金を受取つたのは安藤巡査であると証言して、原審の証言を変更している。

以上に摘示したように証人安藤琴治、蓮憲の証言中、前段に認定した事実に関する部分は信憑力に乏しく、もつて前段の事実認定を左右することができないものである。又前段認定事実と矛盾する原審証人古沢マツの証言は信用できない。(証人古沢マツも、この点に関し、原審では、被控訴人が同証人に三千円と畳表一枚とを返したと証言したが、当審では、刑事が使い残りの金だから預つて下さいと言つて金を渡したので、受取つたと証言している。)

以上の認定事実並びに安藤巡査が昇の自白を得た事情としてさきに認定した同巡査の暴行の事実を綜合して考えれば、安藤巡査、蓮巡査の両名は、昇及び被控訴人を威圧して、現金三千円及び畳表一枚を交付せしめ、刑事訴訟法に定められた領置並びに賍物仮還付の手続をなさずに、これを古沢覚蔵に交付したものと認むべく、違法の行為であるといわなければならない。原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右金三千円及び畳表は被控訴人の所有であること、当時右畳表の代金が金二百九十五円であつたことを認めることができる。当審証人古沢マツの証言によれば、古沢覚蔵が安藤巡査より交付を受けた金三千円は費消してしまい、畳表はそれ以来古沢覚蔵が所持していることを認めることができる。しかして右畳表が古沢覚蔵に交付されたときから既に約三年足らずの年月を経過しているのであるから、現在においては、右畳表がその効用を保存し、かつ被控訴人において返還を受け得べき状態にあることの証拠がないかぎり、経済上滅失と同様の関係にあるものと認むべく、控訴人はその公務員である安藤巡査、蓮巡査がその職務を行うについて違法行為をなし、よつて被控訴人に与えた財産上の損害である金三千円並びに畳表一枚の価格である金二百九十五円を賠償すべき義務あるものというべきである。

それ故控訴人に対し被控訴人に以上二口合計金五万三千二百九十五円を支払うことを命じた原判決は正当であつて、本件控訴はその理由がないからこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 梅原松次郎 猪俣幸一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!